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テック企業が流行の今、かつての敗者を振り返る

テック企業が流行の今、かつての敗者を振り返る

テック企業が持てはやされた2020年。変わって2021年ではやや株価に陰りが見られます。

ソフトウェア開発を行う企業を買えば何でも株価が上昇する錯覚に陥りがちですが、売れるソフトウェア開発は本来とても高難易度なものです。自戒として「RethinkDB」という2016年10月に破綻を迎え、その事業の難しさを報告したレポートを紹介します。(レポート日付は2017年であることを念頭に、現在とはやや状況が違う可能性があります)

敗者の言葉にテック企業の姿を思い出す

レポートを紹介する前にRethinkDBが元々どのような製品だったのかという概要を書いておくと、簡単に言えば「オープンソースのドキュメント指向データベース」です。IT技術者でない場合は伝わりが悪いかと思いますが、ITサービスの根幹であるデータを保存しておく機能で重要なデータベースという分野があります。この分野では太古から今に至るまでリレーショナルデータベースという流派が主流でしたが、近年はそれらとは異なる流派が多数登場し注目を集めています。興味があれば「NoSQL」というキーワードで調べるといいでしょう。RethinkDBはその中の1つという事です。

さて、RethinkDBがなぜ失敗したのか。それは突き詰めれば「マネタイズに失敗したから」という一言に集約されますが、肝心なのはなぜマネタイズに失敗したのかです。その理由を代表のSlava Akhmechetは大きく2つに分けて「ひどい市場を選んでしまったこと」と「製品の良し悪しを計るのに間違った指標を使ってしまった」ことであると考察しています。

ひどい市場

RethinkDBは新興企業がこれから事業を開始するにあたってOracle(業界の老舗)を選択する必然度は高くないため、インフラ企業としてデータベース市場で戦えば、シェアの一部だけでも獲得できればそれが莫大な利益を生むと考えていました。

実際にはデータベース市場は思っているような市場ではなく、またユーザーからもRethinkDBがデータベース市場のプレイヤーであるとは認識していませんでした。ユーザーからのRethinkDBへの認識は、オープンソースのツール開発会社に留まっていました。オープンソースの開発者ツール市場は最悪の市場の1つです。何千人ものユーザーがRethinkDBをビジネス用途で使用していましたが、彼らのほとんどはコーヒー1杯の価格すらも支払うことはありませんでした

製品が優れていてサポートに頼る必要がなかっただとか、開発者に決裁の権限が無かったからという理由ではなく、もっと単純です。開発者自身が開発ツールを無料で作ることが基本的に好きな人々で、そこには多くの需要がありますが、同時に供給も莫大でかつ需要を上回っていたためです。膨大な選択肢の存在は、同時にそれらの価格をゼロに限りなく近づけていきます。

開発者ツールで圧倒的に成功した他の企業で比較してみるとよく分かります。例えばMongoDBやDockerはいまやそれぞれの市場で支配的な地位を確立しています。しかしそれらの支配的な企業であっても、開発者ツールではない市場で同じく支配的な地位を確立した企業と比較すると突然小さな存在感となって埋もれてしまいます。SalesForceやPalantirといった企業のことです。

開発者ツールのスタートアップが難しいことは、顧客獲得です。SalesForceなどの肥沃なB2B市場でのスタートアップが1件の成約に至るまでに100件の引き合いと10回のチャンスが無ければならないとすれば、開発者ツールのスタートアップはその10倍がそれぞれ必要になります。多くの人々が製品をダウンロードし使用したとしても、1件の成約を得るために莫大な引き合いが必要になります。

そしてそれはドミノのようにチームの士気を下げ、資金調達を遠ざけ、優秀な人材の確保を難しくしていきます。それがさらにリソース不足を招き、次のドミノが倒れ始めるのです。

間違った指標

RethinkDBは「厳格な品質の保証」「シンプルなインタフェース」「一貫性」こそがエレガントな製品を形作り、顧客へ訴求できると考えていましたが、これらは顧客が求めているものとはずれていました。

「タイムリーさ」「実感できる速度」「ユースケースの掲示」こそが顧客が求めていたものでした。

タイムリーさ

必要な時に製品が存在すること。3年後に完璧な製品があっても遅い。

実感できる速度

1万件のファイルを素早く処理できることをアピールしたいとして、RethinkDBは実際に製品を使用した場合の効果をユーザーに見せるために、どうやってデータを投入すればいいかをユーザーに賢明に伝えようとしていました。MongoDBはそんなことはせず、1万件のダミーデータをワンクリックで投入できるようにし、それにかかる時間をユーザーが直ちに確認できるようにしていました。

市場を教育する必要はないのです。

ユースケース

RethinkDBは素晴らしい製品であることを目指しましたが、ユーザーが求めていたのはどういう場面で効果的に使用できるかの把握でした。ログを保存して分析するためのベストプラクティスやレポート作成の方法など。

RethinkDBがタイムリーさをおろそかにしていたわけではありませんが、厳格な品質の保証を追求すればそれはどうしても遅くなります。結局市場へ届けるのに3年を要しました。ほとんどのユーザーは「RethinkDBは MongoDBとどう違うのか」が知りたいことでしたが、RethinkDBは設計思想の重要性を説くばかりでした。

完璧を目指した設計思想から遠く離れた競合が、杜撰ながらも素早く製品をリリースし、それが抱えた不具合を改善するたびに競合のユーザーたちはそれを祝福し、そのたびにRethinkDBは悔しい思いをしていました。しかし、今になってみればその手法こそが正しかったのです。

ここで指した競合はMongoDBのことですが、RethinkDBが目指していたほどエレガントな設計ではないかもしれませんが、不具合の修正を繰り返し行ってきたことで今や優れた製品として誇れるものに仕上がっています。そしてそれはユーザーが求める範囲でうまく動作するのです。

もはやMongoDBと正面切っての対決が出来ないことが分かり、今度はリアルタイムでの同期に重点を置いた方向性を目指しましたが、そこには何年も前からその観点を突き詰めてきたFirebaseといった競合が存在していました。またしても3年の遅れがあり、そこでもまたRethinkDBは戦うことができませんでした。

RethinkDB からの別れの言葉

RethinkDBが失敗したからと言って、開発者ツール市場を否定することは躊躇します。ただ、ただ言いたいことは開発者ツールの会社として道を歩んでいくのであれば、是非とも慎重に。その市場には多くの良い選択肢が既にあり、ユーザーからの期待値は高く、その対価は安いです。

  • 大きな市場を選択し、その中で特定のユーザーに向けた製品を作る。
  • 足りない才能を認識し、それを補うための学びをチームに取り入れることに必死になること。
  • 経済を学ぶこと。

これがRethinkDBからの別れの言葉です。


肝に銘じておきたいですね。

本来、テック企業は難しいはずなのですから。